わしが橋本じゃあ。

わしのいうことを信じない人がいると困るからAmazon博物館の写真を載せる。これが博物館だ。立派だろ?

そうでもないって?

どうも写真が良くない。まあ、ビデオから無理矢理起こした写真だから勘弁してくれ。わし、写真下手でな。しかし標本とか作るのはうまいぞ。

 この博物館は、年間1万人も環境客とか観光客とかがきてくえる..じゃない、くれる。長年いるとつい本音が..いや、もとい、つい日本語が乱れるのう。わっはっは。

 これは、わしが自分で設計して、内装も、電気も自分でやった。水族館の水槽の設計組立、メンテナンスもみなやったし、社員を何人も使うようになった今も肝心のプールの水交換なんかのときはわしでないとだめだ。

まあ、実を言うと、内装も一見きれいだがよくみると全然カネはかかっておらんのだ。ワシはあまりカネのない男なのだ。

 移民とその師弟で100万人はいる、という日系人でなぜ自分だけが博物館なんてできたか、というとわしは大学なんかに行かなかったからなのだ。

 わしはカネがなくて生物学を勉強したかったのにできんかった。だから、くやしくて21年前アマゾンに移住したのだ。その前は上野でフーテンをやったり、たちぐいソバの店員や火災報知器のセールスマン、養鶏場のトラックの運転手、工場のコック、ボイラーマンとなんでもやった。そのときの知識があったから博物館をつくれた。今になったら大学で勉強できなんだのは残念だが、大学にいってなくてよかった。なぜなら勉強はこれからできるからだ。

  博物館の展示はみんな自分の手で集めたものだ。去年、南米博物館会議が開かれたとき、南米中の博物館の偉い人がきたが目を丸くしておった。チリとボリビアからは「ぜひうちの國でつくってくれ」といわれたが断った。そんなヒマはない。今アマゾンは危機だ危機だとさわいでおる。しかし、アマゾンの自然についてはたいしたことはわかっとらん。わからんで騒いでも説得力がないわ。

 だから、わしはあと30年自分で研究しようと思っておる。変わり者だといわれるが、そんなことはない。真面目な生物学徒ならいつでも歓迎じゃ。 この間、日本の偉い学者さんがハサミ虫を研究しにきた。世界でもそんなムシを研究してる人は3人ぐらいしかおらん。その先生は、着くやいなや地面にはってムシを探し始めた。だからわしは「先生、まあ今日はゆっくりやすんで」というて、次の日、ブルドーザーと砂ふるいでそこいらの土をがばっととってゆさゆさやってあげた。そしたら、どうだ。何百というムシがぽろぽろこぼれてとれた。先生は喜んだのなんの。一匹採集するのも大変だ、とおもっておられたからな。

こういうことができるのはアマゾン広しといえどもわしだけだ。

くやしいがアマゾンの研究ではヨーロッパ、アメリカに比べ日本は遅れている。経済開発ではものすごい数の大企業がくるが、どうもこおいう方面では日本は大したことない。残念だが、反面、だからわしのようなアマチュアが大きな顔をできるというものではある。

 アマゾンの樹木は40メートル近いが、その上でどんな生物がどんないとなみをしてるか誰もしらん。フランス人の天才がおって、飛行船で空から採集したら「もう新種はいない」などといわれていたのにゾロゾロ新種が見つかった。ほんの数年前のことだ。ナショナルジェオグラフィク誌にも写真が載ってるから見た人もおおいだらろう。

 南極横断も、北極歩行も欧米人のスケールは大きい。わが日本からもどんどんユニークな、南方熊楠のような人物がでてきてほしいが...日本からくる観光客や若者をみているとどうも先は暗いな。


 みやげ物の値段をまけろなんてばかりいってる。わしの博物館なんかもうかりはせん。みやげものを売ってやっと維持費をだしている。それに少しは協力しようって気にならんかね。もっとも、この間は「まけろ」という女の医者があんまりしつこいので、「帰ってくれ」ってライフル持ち出して追い出したけどなあ。あはは。

 いや、日本人が嫌いな偏屈男だ、なんておもって貰っちゃ困る。わしがこの博物館を建てるとき、カネがなくて困っていたら、黙って多くの日本の友人が貸してくれた。催促もせん。こっちもまだ返してない。あはは。

 日本に帰れば何カ月でもころがりこんでも文句いわん、そんな友達がたくさんおる。

 どこかにホームページがある日本アドベンチャーズサイクリストクラブ(JACC)の池本くんとは昔、サンパウロで何カ月も一緒だった。その縁がいまだに続いている。その弟子かな、最近えらく有名になったが、河野兵市くんは日本人には珍しいええ男じゃのう。ああいう人物がまだ日本にいたか、とおもうとほっとするなあ。

もっと話を聞きたいってかい?いえんこともあるがまあ、話してきかせようか。

96.3.17

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