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昔は「半魚人」、今は「自然破壊」。アマゾンというとこのような捉え方をされるのは長年すんでいるとあきあきしてくるが、久しぶりに日本にきたら、まだ大新聞がそんなイメージを拡大再生産してくれていた。

98/6/6朝日新聞夕刊
「アマゾンに森がないというのはおおげさではない」などというバ
カな話を日本の大新聞の論説委員が書いている。わしのようにアマ
ゾンに住んでいる人間からみると噴飯ものだが、このような先入観
ばかり報道されるものだからあとから取材にくるマスコミがみな
「自然のないアマゾン」ばかり報道したがって、「自然博物館」館
長としては大変不自然なアマゾンのイメージが広がるばかりなのに
困惑している。この記事にかぎらないが、とりあえずこのような報
道は困るので反論しておく。
原後雄太という人から聞いた話をそのまま書いておられるらしいが、こ
の人がいたのはロンドニア州ではないか、とおもう。(この人は本
を書いているらしいが、ねがわくば「アマゾンの自然破壊の現状」
を正面からとりあげた本なら、以下のような面をみのがせぬはずな
のだが...)
たしかにロンドニアは、開発初期に、あらっぽいことがおこなわ
れ、自然破壊の代表的なケースといわれる。環境サミットでも問題
になったところである。しかし地図をみてもらいたい。これは「ア
マゾンの一部」ではあるが、地図を見るとわかるように、大アマゾ
ンの中ではせいぜいサカナのヒレぐらいの面積の場所である。ゾウ
のシッポをもって、「ゾウは細い」というに等しい。
このような「問題地」はパラ州にもあって、ここも同様の取り上げ
方をされる。ロンドニアは個人の欲望の失敗で、パラ州は企業家レ
ベルの投資の失敗で原因は少し違うが、まあ、日本でいえばバブル
投機の後遺症のようなものだ。

ともに、70年代の開発の失敗であることは事実である。ただ、たし
かに、この両地域の自然破壊はひどいが、この破壊の反省から、現
在の政策がうまれ、アマゾンの自然を守ろう、という運動が広がっ
た場所でもある、その意味では、これがあったからむしろ問題が明
らかになったのであるとも言えるのだ。
ところが、マスコミの報道というと、その後の各種の政策が実をあ
げている話は一向に報道されないで、10年一日のようにここばか
りとりあげられる。だから現地では「サンパウロから一時間でこれ
るために、ジャーナリストのお気に入りで、あついお湯のあるシャ
ワーのホテルにとまって帰ってこれるからだ」と苦々しく話され
ているのをご存じか。
また、このコラム氏はアマゾンでは「国道でクルマではしるかぎり
熱
帯雨林のジャングルが見えない」、というが、これも当たり前なの
だ。道路沿いはみな牧場になっている。それも、ひとつひとつの牧
場が4キロから5キロはある。日本の4,50メートルという感じ
である。それが道にそってずーっとあるのである。アマゾン川の両
側だってそうなのだ。一キロ2キロの幅にわたって「熱帯雨林の
ジャングル」などみえやせん。だからといって、熱帯雨林が破壊さ
れつくしている、みたいな言い方は現地の失笑を買うだけだ。焼き
畑が悪いとかいうけど、道路から2,3キロ背後には昔ながらの原
生林がそのままはえておる。
たしかに、開発も進んでいる。たとえば、ブラジル人の主食の肉
のもとになる牛は1970年代に1億4000頭、 現在は2億
8000万頭いる。1頭につき1ヘクタールの草が必要、といわ
れるので、14000万ヘクタールひらかれたことは事実だが、
これがブラジル全土の何パーセントにあたるか計算してみれば、
たいしたことではないとわかるだろう。そのおかげでかのスー
パーインフレがとまって国力がついたのである。つまり牛がだぶ
ついてるので値上がりしないので、生活基礎物資がおさえられ驚
異的なインフレがおさまったのである。
まるいピザの、最初のひとかじりの歯形をみて、「ピザは囓られて
もう消滅寸前だ」などといってるに等しい。つまりこの記者氏の問
題意識は92年環境サミット前のまま、なのだ。バブル時代の感覚で
今の日本経済を論じる解説、があったとしたらだれがマジメに受け
取るだろうか?
末尾の「自然破壊阻止のために土地を占拠する実力行使」、などい
う話はロマンチックな虚構である。彼らの多くは土地をもらっても
記者のいうような「自然に戻す」ために活動なんかしてやしない。
何度ももらっちゃ売り、もらっては売り、で一生喰っていこうとい
うしたたかな連中がいるのだ。そして、彼らが土地を占拠して払い
下げるたあと、同じような牧場主が買い戻すという構造もある。ど
ちらもしたたかな「プロ」であって、「森を再生して自給的な農
業」を目指す人々、などというものではないのである。いわば地上
げ屋の世界である。双方が発砲して1週間に5,6人死んだ、など
というのも珍しくない。「ピストレロ」などといわれる「鉄砲玉」
も職業として成立している。日本では想像もつかない元気な「悪党」
の世界でもあるのだよ。
たしかに、ブラジルには昔ながらの特権的な大土地所有者もいる。
税金の関係ではっきりしないが、24,5万頭の牛を持っている。
つまり25万ヘクタールの所有者である。奥地だと半分しか開発し
てはならないという規則があるので、実際にはこの倍の面積をもっ
ている。
が、いまでもそんな大地主ばかりではない。
「牧場をもつ」というのはブラジル人の「オトコのユメ」。
いわば一部上場会社の社長になる、みたいなものであり、この数十年、念願の牧場をもって成功している人々もま
た数おおいのである。「でかい土地をもっってるのが悪い」という
がクソもミソもいっしょにろんじることはできない。このような
人々の活躍で食糧事情が安定し、ひいては政治も安定し、経済も発
展してきた。この側面はおおいに強調されるべきである、とおもう。
それとも、記者は「アマゾンの自然」さえ守られたら、現地は遅
れたままでいい、とでもいうのだろうか。おそらく、そんな気分も
あるんだろう。だが、そのような観点からの報道は、現地に住む
人々の共感を得られず、先進国の勝手な押しつけとしかおもわれん
のだ。そんな権利は朝日の記者だろうが、だれだろうが誰にもな
い。このような異なった利害がからむからこそ、「自然保護」は
難しいのであって、そのためには、まず自然を研究せねばならない。
にもかかわらず、ODAでばらまかれる日本の援助は、結局日本の
役人がきてたかっては帰っていく、というような構造のほうがよほど
問題だ、とおもうし、日本のマスコミはそっちを問題にしたほうが
日本の為になるとおもう。
このような凹面鏡の如き誇張された記事は一見、自然破壊に反対し
ているように見えるが、その実、
人々の目を実態からそらせてありもしない現実に向かわせるという
意味ではむしろ害があるのではないか?
もし、本当に、アマゾンの自然を守る、という気があるのなら、現
地をもっと研究して、現地の人々が喜んで協力するような方法を先
進国として模索する方向を提案してほしい。
現地に住む人間で自然問題に誠実に取り組んでいるひとなら、この
ような「ゾウのシッポ」みたいな説明をする、というのは信じられない。おもうに、これは最初の原後氏の説明には「このあたりは」とか「ロンドニア州では」という前置きがあったのではないのか。それを記者は勝手に「全アマゾン」に拡大してしまったのではないか?
で、抗議しようとおもったが、だいたいこの筆者の署名もなんもわ
からん、というのは何事だ。「泰」などというわけのわからない表示
はやめてほしい。いまどき、ウエートレスのネエチャンでもちゃん
と名札を胸につける時代に読者を馬鹿にしている。
わたしが今回、日本に来る直前、近所の日系移民の婆さんが遊びにきて、
「日本の女子高生はみんな髪の毛を染めて『援助交際』っていうのを
しているんだってねえ。日本はどうなっちゃったんだろうねえ」と
マジメに聞かれたことがあった。「いくらなんでもそんなことは
ないですよ」と言って、東京にきたら、キャミソールだかいう下着
のような服装が流行っていて驚いた。
だからといって、わたしが
帰国してブラジルの新聞に「ウワサはほんとうだった。日本の若い娘は全部娼婦になった」などと
書いたら日本の人はどう思うか、を想像してもらえると、この
アマゾンをテーマにした囲み記事に対するいらだちもわかってもら
えるだろう。
このような影響力のある新聞で、事実と違うことをかかれる、とい
うのはまことにこまったもんだ。
98/6/8 東京にて
橋本 捷治(アマゾン自然科学博物館館長)
なお、わしは11日に帰国する。
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