
博物館の庭でクレーン車に積む式をとる。
2 タワーとわしと「社長」
タワーは、かくして、愛知から東京へ運ばれ、はるかブラジルまで太平洋を渡ってやってきたのだ。なんと、タワーを造ってくれた愛知タワー工業は、社長みずから塔をたてにやってきてくれたのだ。
わしは、日本で、この会社を訪ねて、ちょっとみただけで、この社長の腕前がわかったので、10分もしないうちに発注したのであったが、そのカンは間違っていなかった。あいても、「なんだかろくに見ないで注文していったけど、ありゃほんとじゃろきゃなあも」とか思ったらしいが、数日後には数百万円が振り込まれたのでおどろいた、とあとで聞いたが、なに、一目みて、この社長の人物と仕事ぶりがわからんようでは異郷の地で20年もやってこれんのである。
実際、日本から24時間、さらにサンパウロからマナウスに着いた社長は、その翌日、わしの博物館もみないで、庭にあったタワーの点検と、建設用地の確認に朝から勝手に動き出していた。そして、わしがタワーが到着する間にやってのけた電源工事をしっかりみて、安心しておった。さよう、職人は職人の芸を知るのじゃよ。
わしも、社長の最初に言った値段を一円も値切らなかったかわりに、社長もコンシンの努力を惜しみなくそそいでくれたのじゃ。この社長のタワーのユニークさに目を付けた道路公団だか、警察だかが「高速道路の監視カメラ用に大量注文したい」というてきたのを「同じ様なタワーをそんなにたくさんつくりとうない。わしゃあ、そんな仕事しておったらパラグライダーに乗ってるヒマがないわい」と断ってしもうたという変わった男だから、わしはかれの滞在中えらく話がおうてな、ええ友人になったのじゃ。人生はこういう出会いが、ムシの次におもしろいとわしはおもとる。
下が、タワーを据え付けておるときの社長。ええ顔しとるじゃろ。
なに、社長、年寄りにみえるがわしより若いのじゃあ。

わかいだけでなく、かなりぶっとんでいて、こんなことを
日本でしているらしい。来年はブラジルのうちの庭でやってくれるそうだ。

トンデルなあ