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【憂鬱】
11月17日 曜日 天気 { } |
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震災から13年って、もうそんなにたったのか、あのころすぐ神戸にかけつけていろいろやったこととおもうと、いまの自分がウソのよう。13年後・・・おそらくこの世にいねえよなあ、そうおもっていまからやらないと、できることもできねえよな気がする。 あすは、田舎へ月に1度の母の見舞い。これが回を重ねるにつれて、こちらの元気がイマイチだとしんどい。なんせ、良ければいいが、悪いともうこっちまでダメージ大きいからねえ。このところ、体重もへらないし、いまいちこちらのパワー不足。おまけに、母の家の処分、という「重い課題」をかかえておるから、よけいにしんどい。 つまり、母は2度と昔の母に戻ることはない。ということは、あのかなり大きな家をいつまでも空き家にしておくことはできない。しかし、あれを始末するったって、家の中にはいろいろなものがある。それぞれに80年生きてきた母の思い出がいっぱい、の品物の数々だ。それをまだ母の存命中に捨てることはできるもんじゃい。いや、その母にしてからが、なくなった夫、つまりオヤジから、自分の両親の思いでの品をどっさりかかえているんだからものすごいかずだよ。他人からはがらくたでもねえ・・・。 そんな多くの「思い出」が東京のちいさな我が家に入るはずもない。第一、おれだって毎日、そんな「思い出」とくらしたかないよ。せめて押入にはいるぐらいにして、とおもうがその押入がすでにわが30余り年の生活のがらくたで超満杯であふれかえってる。せめてこのところずっと、家のがらくたをすてたりオークションに捨てたり、と心がけているが、とてもじゃないが焼け石に水。かといって、まだつかえるものどもをゴミとして捨てる、というのはえらく抵抗感があってできねー。 そして、そのうえ、友人が比較的元気な母にめぐりあって(これ自体、いまいるグループホームの介護体制がとてもよい、という証拠なんだが)、母が「元気であたまもちゃんとしてて、あの家に帰りたいと言っていた」、などと「親切」に教えてくれる・・・となると、ますます田舎のことだ、ここで家を売る、などというととんでもねえ親不孝もの、とかおもわれて猛烈に反対されそうだからねえ。母がいえなどに帰れるようになるわけがない、のだが、それは元気なときの母をみてたらわからないだろうからなあ。それを理解するのって、おれだってカミさんに助けられして、やっとこさあきらめるのに1年以上かかったのだもの。 そのような友人が尋ねてくれるからこそ、田舎の施設を選んだわけだから、こちらで望んだことでもある。その人たちの善意をまったくむげにはできないのだが、かれらに「わかってる」はずもない。 そのうえ、こちらもいつまで元気でいられるかわかりゃしないのだ。まだ元気なウチ、母の友人たちがいるうちに難しいことからやっとかなきゃ、どうなるか。あの家の処分をてづだってくれる、昔の知り合いの不動産にくわしい人ももうおれより10歳以上年上。いい年だし、信頼できる彼のいるあいだに処分をてづだってもらわなければ、俺一人でできるシゴトではない。ましてカミさんになどひとりでできるわけもない。 健康に自信をとりもどすことができたら、私自身が中国かどこかで日本語教師をしてやろう、という野望もすてやしないわけだ。すると、その間、カミさんひとり日本においておく、ということになるわな。そのとき母になにかあったらどうなるか、あるいはグループホームになにかあったらどうなるか。カミさんの母親だって連れ合いがなくなったばかりで、半分病人、みたいなもんだ。急に母がなくなった、などということなら対処できなくもないが、ホームが倒産した、なんて去年コムスン倒産で心配したようなことがまた起きないともかぎらない。そんなとき、あの家が家の形では助けになるどころか、大きくこちらにのしかかってきちゃうのだわさ。銭の形ならなんとかあらたなホームとかもさがせる。というわけで選択肢は売る、しかないのだが。 しかし、それには「家に帰りたい」と不可能な「希望」をもっている母の思いに背くことになっちまう。というわけで、ただでさえ「元気な」母だと、「おれをこんなとこおろにいれて」と愚痴られ、ののしられ、かといって「あんただれだい」と呆けて弱った母をもみたくない、家を売ったなどといったらますますおかしくなっちまうかもしれない(だから、内緒にしとかんといかん、となるとこれもまたつらいゆーつのタネである) というどっちもつらい見舞いそのものもさることながら、家やその友人や、となると2重3重に気が重い。もう自分が人生の第4コーナーにさしかかっとるのに、ホンマ、えらいこっちゃ。血圧まずますあがるがな。ふーっ。それでもまだ、わしゃマシなほう、ものすごく恵まれている方だからねえ。いったいこの世の中どないなっとるんやろなあ。ほんま娑婆は地獄か。たとえなんといわれようと、カミを信心し、わけわからんでも般 若心経をとなえる人の気持ちがわかってきた。摩訶般若波羅蜜多心経 まかはんにゃはらみったしんぎょう 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく しゃりし 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 ・・・なのに悩むなあ、アホヤアホヤ
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