つまらん翁】

 

1月28日 曜日 天気 { } 

 

 本棚をみていたら「あの世、この世」という昭和後期文化を代表する天才・永六輔氏による文庫本があった。手にとって思い出したがっこれは、週刊朝日の大傑作連載だったな。もう10年近く前だったか。で、なにげなく松尾芭蕉が永氏と語るのをよんでたら芭蕉がこの世をさったのが50歳、40歳にして「翁」と呼ばれていた、とある。この連載、ハッとするような角度からスルドイ指摘をさりげなく笑いで包んで山盛りで、とおもしろかったのだが、いまよんでもこっちが忘れているせいもあって新鮮だなあ。

 で、翁ねえ。江戸時代は40歳で隠居。うーん、すばらし。ま、そのかわり6,7歳から朝は5時からよるまで働いて40歳ぐらいであの世に一致舞うのも珍しくなかったみたいなので、べつにうらやましくおもうことではないが・・・。それから150年なり200年たった(芭蕉は1644−1694)だから、300年か。今は、「wiiフィットネス」がバカ売れして、その上で「あなたの年齢は54歳です。トシよりけっこうお若いです」なんて言われて喜んでいるあたしが60歳直前・・・いやはや。人間の一生、濃さは生きてる物理的時間などではない、とはおもっていたが、あらためて・・・わしゃアホだなあ。昨日は、古川薫の「婿入りの夜」という他愛ない時代小説を読んでいて、ハッと心を打たれたせりふが「拙者などつまらぬ 男でござる」という主人公の台詞。これを30ちょっと前で、婿入りの夜にさりげなく言える、なんてのはつまらぬ 男、であるはずがなく、むろん、相手の女性はそれを見抜くのであるが、その筋はどうでも、この台詞が60歳になってもまだ言い切れない己に気づいて、現代人の業の深さというか、日本人の変貌というか、なに、単にじぶんのアホさ加減にため息がでて、あと10年ぐらいたったら、自然にこういう台詞が言えるだろうか、いや、そのころはこの世におらんかもなーなんぞとおもうのであった。で、ついでに、2,3度、声に出して練習してみたが、なかなか、いえるもんじゃあないね。近代的自我、てえやつが邪魔するんだなあ。「拙者」はちょっと古いから「自分」に換えて、毎日100回ぐらい練習すれば身に付くかしら。しかし、人生40年として30歳で言えるということは、人生90歳なら60歳ぐらいにならないと言えない台詞でもそうフシギはないか・・と自分をなぐさめる。

 毎日練習、といえば気に入っているのが「デュークのウォーキングダイエット」。わが日記ににたタイトルだが、もっぱら美しくなりたい女性のため、に絞って書かれた体裁をとっているが、これが実によいよい。室内で数歩歩くというだけなんだが、その豊富で楽しいバリエーションは、天候に左右されるウォーキング、汗かいて激しすぎるスポーツ、やや単調すぎて、かつ難しい太極拳やヨガ、さらにはわが恩師野口三千三先生の一期一会の心で行う体操より非哲学的で雑な自分に向いている。なんせ、「美しいプロポーションをつくるために」という即物的なその一点に絞ってあるから、説得力も十分。四股に似たいんなーまっする強化から、腹筋運動まで、これで1週間ぐらい続いているから自分にしちゃ大したもんだ。ネットオークションでdvdまでもうしこんでしまった。なに、どれが優れている、という価値は相手側にあるのではなく、自分側にある、のだから、自分に役立てばなんでもよいのだ。それにしても、美容体操が一番向く、というのは、われながらどうもつまらぬ 男だ。 お、いえたわ。

 

 

 

           

★中国人の弱点3★

 わがメタボの壁 70.1kgが超えられないように、中級から上級へ行けないなかには

 打撃する  犠牲する

 など、なんでも「する」をつけてしまう。「する」は動詞の中の一大勢力だから無理もないのだが、一筋縄ではいかない。その「た形」「した」とともにあまりにも多岐につかわれる。

 マニュキュアは「する」だが、口紅は「する」とはいえない。「塗る」「つける」だろうか。

 教師をする、はいえても「教育者をする」はいわない。

 ほんとに「基礎日本語辞典」をよんでいると、小説よりおもしろいぐらい千変万化するが、その「3」の項目に「さ変」があった。

 で、一応、「漢語動詞につくばあいは、動作性のあるもの」というルールめいたものがあるのだが、

 つまり、報告する、招待する、接待する、通知する、卒業する、連絡する、

 

打撃、や 、犠牲、は動作性がない、ともちょっといいがたい。打撃、なんて中国語の造語構造からいえば、同じような動作の言葉を二つ重ねて作る、というまさに動作性そのもののように出来ているのだからなおさらだ。

 これはどうして、サービスするか、はわからない。ただ、s女史によると、出来のいい生徒はあるとき、一気に翻然と悟るらしい。

 ちなみに早津恵美子という人の書いた「動詞の自他」(2835円)によると

 対の動詞、ちうのは全動詞の6割、ということだ。

 これで「さ変動詞」の場合、

 が、をとる自動詞、としてのみ使われる動詞、は(「させる」で他動詞になるが、)

 発達する 発展する 停滞する 進歩する 向上する 変化する。などごろごろある。ふーつ。