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【大雪とマラソン】
2月3日 曜日 天気 { } |
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東京に雪が降ったよ。やーまいったね。いや、別におれはエントリーしてないが、きょうは青梅マラソンの日ではないのさ。去年、石原シン太郎の横車で、無理矢理日付をずらされて、今年は当日に限って大雪とは・・・ああ、やっぱり中止になってしまった。うーん、全国のランナーでこの日にだけ目標をしぼって、練習を重ねて、石原シン太郎の軍門に下ってなるものか、と青梅マラソンの神様に忠誠を誓って、東京マラソンなどみむきもしないで研鑽を積んできたランナー達になんと無情な。神もホトケもないものか・・・ま、そりゃ、本当はないんだけどさ。 もう俺がでたのはなんとやんなっちゃう、家の押入の隅にぶらさがってる参加記念ペナントみたら86年2月16日とあるじゃん。21年前か。ひえーつ、毎年でてるような気がしていたんだが・・・そりゃあ、腹もでるわな。あのころは毎日、と決心して最低でも3,4kmは走っていたもんねー。それがいまや、カミさんとちょと公園でフリスビーなげたら息が切れる。体脂肪20kgの肥満体。ヤダヤダ。 来年は一念発起して、青梅か東京をめざすか・・・って。東京マラソンはしかし42km・・・さすがに無理っぽいねえ。新宿から大手町あたりを品川におりて、品川から浅草をめざして、さらに築地におりて・・・うーん、何回も歩いたことのあるコースだけにあれを走りきる自信はないなあ。しかしまさか、こんなことができるとは、石原あっぱれ・・・と一面 、認めざるを得ないところもたしかにあるぜ。 しかし、あるくに近いスピードでも参加して完走できたらいいねえ。腹のなかの脂肪のカタマリも全部エネルギーになって、co2排出規制に貢献できるかもしんね。東京マラソンは17日か。天与、再び大雪をふらせろ、とは、楽しみにしているランナーがいる以上、いえないや。去年もなんだか午前中はかなりひどい天気だったよな。 |
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大雪が降って、マラソンは中止 大雪が降ったので、マラソンは中止 大雪が降ったから、マラソンは中止。 どれも似たようなモノ、だともうようでは日本語ができる、なんて言えないのだ。この違いがわからんといかん。
「趣味として日頃漢詩を書きますが、今回日本語で書いた詩を応募しましたが残念ながら、優勝できなかった」 うーん、意味はわかるが、なんだかなあ、という日本語だ。こういうメールをたまたま見る機会があるとかんがえちゃうなあ。 「〜が、〜が、だった」。 助詞を一切使わない中国人の日本語にありがち。 この場合は、「〜ので、〜が、vた」にならないとおかしい。 彼女がすきだが、あいをうちあけたが、ふられた。 お金はあったが、くるまをかおうとしたが、たかすぎた。 はらがへったが、めしをくおうとしたが、じかんがなかった。 などは、いずれも、前文の「が」を「ので」にしたら、意味が通 じる。あるいは、後文の「が」を「ら」につまり、「たら」にするとまあ、マシになる。 ここまでは誰でも日本人なら指摘できる。 このヒトは、「a から b」「A なので B」 は知っていることは知っているのだろうなあ。 x 「から」は、「初級9課」ででてくる。 いそがしいですから どこも いきません。 しごとがありますから じかんがありませんから
字が下手ですから、ワープロでてがみをかきます。 夫はスポーツがきらいですから、てにすをしません。 来月、タイへいきますから、タイ語の本をかいました。 シゴトがたくさんありましたから、神戸へいきませんでした。
「ので」は「初級39課」にでている。 病院へいくので、5時に帰ってもいいですか。 日本語がわからないので、英語で話していだだけませんか バスがおくれたので、学校に遅刻しました。 毎日いそがしいので、どこも あそびにいけません。 あしたはひまなので 買い物にいけます。 きょうはたんじょうびなので ワインを買いました。
この例文をみるかぎり、「から」と「ので」の違いには踏み込まないね。そりゃそうだ、とおもう。 が、39課になると、スルドイ生徒が質問するだろう。 「すみません、熱がありましたから、やすみました」 教師は、これを 「すみません、熱があったので、やすみました」と言い換える。これは「誘いを断るとき、お願いするとき、説明したり弁解したりするときは『ので』と教える。「すみません、熱がありましたから、やすみました」などというとコンビニのバイトをクビになっちまうから、といえば生徒は覚える。 この辺は丁寧に指導しているなあ。しかし、生徒は「あやまるとき、おねがいするとき、は『ので』か、こっちのほうが丁寧ないいかたなんだな」と思うだけだろうね。 これが「新日本語の基礎2」の方を見ると、もっと詳しい。 1. ので は「から」や「て」と同様に、理由や原因をあらわす。 2。 「ので」は「のです」「んです」(26課)の て形である。 というのをまず抑えて、おく。 おなじ39課に、先に「て」がでていて、 値段を見て、びっくりしました。 手紙を読んで、安心しました。 のような例文で、★前件がおきてから、後件がおきること★ (今晩客がくるので、麦酒をかいます、みたいな例をあげ比較。娘が中国にいくので、おみやげをたのみました。金持ちになりたいので、宝くじを買いました、とは違う、ということ)。 自分の意志、と関係なくそうなった、のである。 だから、後件に、意志を表すことばはあまりこない、ともいえるが、でも、意志といえば、 値段を見て、ほしいです。→値段を見て、ほしくなった。ならオッケー なんだかまぎらわしいねえ。 さすがプロの教科書はそんなことはかいてない。 「てください」「ましょう」「たいです」はこない、と説明。(それでも「値段を見て、買いましょう」などというケースがあるよなあ、このばあいは「から」が省略されてるんだが)
病気がなおって、学校へ行こう。 病気がなおったから、学校へ行こう。 と鮮やかなる例文で説明している。 こういう例文をあげないとだめよ。 また、「て」の段階でしっかり 後件に来る動詞をたたき込んでおく、というのも一つ必要だべ。 + びっくりする、しんぱいする、あんしんする、なく、わらう、うれしい、さびしい、ざんねんだ。 さらに、★意志動詞でも、過去形はオッケー。 先週は忙しくて、よる11時まではたらいた、 慣用的表現は 「から」「ので」はつかわねー。 遅くなって すみません。 まちがってごめん。 おあいできてうれしいです。 ひやー、なんてむずかしいんだ。
【から、と、ので の違い】(新日本語の基礎2 教え方の秘訣下 30P) 意味はおなじ、りゆう 原因。 ○1 「から」のほうが「ので」より、原因、理由を強調していて、主観的だ。 ○2 「ので」は客観的叙述文、自然現象、物理的現象、を述べる文 事故があったので バスが遅れた。(客観的理由) 好きだから、彼女を殺した。(主観的理由) 「から」には「からこそ」のかたちがあるが、「ので」にはない。 ○3 ので、は、後ろに 命令、禁止はつかえない。依頼も かねがないので、待て かねがないから、待て ←まあ、ふつー、こっちだが、上もいえなかないような ○4 ので は丁寧な感じがするので 言い訳や、相手の誘いを断るとき ○「からです」「からだ」はあるが、「のでです」「ので」はない。(「んで」「んです」になる)
つぎに、「ので」ではなく「から」ならどうだろう? わたしは、1番目の 彼女がすきだが、あいをうちあけたが、ふられた。 この文を 彼女がすきだから、あいをうちあけたが、ふられた。 にすると、やはり違和感がある。 なぜか。 カエルがなくから かえろ を カエルがなくので かえろ にすると、意味は同じだが、なんだかゼンゼンおもしろくない。変に理屈っぽくなる。
大雪でマラソン中止 なら新聞の見出しだ。 大雪がふったので、マラソンは中止になりました。 アナウンサー 大雪がふったから、マラソンは中止。 青梅の一般市民 大雪のせいで、マラソンは中止。 こっちは関係者 大雪のために、マラソンは中止になりました。 こりゃもっと冷たいアナウンサー。 大雪のおかげで、マラソンは中止、・・・いうかな?いうねえ。「おかげで」はプラスばかりでないからな。
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誤用だ10人義理
誰も食べないだろうので、わたしがみんな食べてしまおう。 「から」は主観的、「ので」は客観的な使い方が多い 電車が遅れたから、おそくなりました。 電車が遅れたので、おそくなりました。 いいわけとして、つかいやすいのは、「ので」。こちらのほうが柔らかいかんじもして、言い訳にはつかわれやすい。とか、とにかく「から」と「ので」は似ているけど、ちょと違う。 原因、理由を表すものとしては 日本語ではたくさんあるが 「から」 「て」 「ので」 がある。 このうち、「て」は、前件がおきたら、後件もおきる、意志とは無関係で、後件には、びっくりした、ないた、うれしかった、などがきやすい。 「から」と「ので」はにてるし、置き換えがきくことも多いのだが カエルがなくから かえろ カエルがなくので かえろ の違いにもみられるように微妙なちがいがある。 それは、「ので」は客観的な、「かえろう」という原因、を表すのに対して、 「から」は後件でのべる事柄がおきる根拠を先行句で、主観的に述べる条件形式なのだ。 逆に、すでに実現してしまったことは、から、より 「ので」が得意だ。
「から」は主観的だから、根拠がうすくても 「まいから」「だろうから」「あるまいから」などのなかまがいる。「まいので」「だろうので」「あるまいので」はない。逆に、主観=自分の断定、であるから、言い訳なんかのときは好まれない。
★「から・ので」の意外。 僕らは、理由、でつかうのがそうだ、とおもってるが実は おちゃがはいりましたから どうぞ。 あとでいいから、かたづけて。 おもしろい店があるんで、ちょっとよっていこうや。
なんてのが実は多いのだ。
あした大阪へいってきます。 タナカさんにあえば ヨロシーク イッテクダサイネー うーん、と。 春になれば 花が咲く。 話せば わかる。 秘すれば 花。 前件が実現すると、後件が自動的に例外なく発動する。そんな趣がつよいのが「ば」 「よろしくいってください」は、依頼、願望、あるいは、希望、 こういう主観性の強い接続は 「たら」。 京都へいったら、湯豆腐をたべよう。 来年になったら、結婚したい。
フランス語をならいたいんだって? フランス語をならえば、アテネ不乱背です。 これもおなじ。 フランス語をならえば、かっこよくみえる。 フランス語をならえば、フランス料理がたべやすい。 など、前件が実現すれば、後件がおこる、結果になる、といういいかたが「ば」。 この場合は、仮定前提、というような感じだ。 雨がふるなら 傘をもっていこう。 「なら」の特徴は、相手のいったことを受け、それを前提にする、というところだ。 おみそ? おみそなら花丸木、みたいな。
先生、いまいいですか? 今いそがしいんで、4じになったらきてちょうだい。
これは、主節の時制に、従属節の時制はしたがう。
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