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【成果】
2月22日 曜日 天気 { } |
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ひょんなことから始めてしまった小さな症にかかわっている。もう10年ぐらいになるのかなあ。これがやめられないでつづいてるんだ。 その縁で、外国人の学生に数分間、ミニ演説をぶつはめになった。なに、のみ屋での2次会だけどさ。で、ここで初めて、この間、日本語教師ガクを勉強している成果 があったね。いや、中国語でなく日本語のほう。 「むかし、ひとりの外国人がこの飲み屋にきました。わたしはそのとなりに座りました。話をしました。その人は、詩人でした。わたしはお金儲けをしようとおもいました。だから、その人にいいました。日本で経験したことを作文にかいてください。そういいました。」 こういう話し方で、約5分間。相手は留学生の中でもトップレベルの優秀な連中だから100パーセント理解した。それは話していても、瞬時に変わるかれらの笑顔や爆笑、集中度でわかる。この日、さまざまな立派な人物がわたしよりよっぽどいい話をしていたのだが、そして、それは大半を学生は理解はした、のだが、それでもなお、あの100パーセントの集中力で理解が成立した、という点だけなら、群を抜いてわたしのはなしはわかりやすかったとおもう。 この話の仕方は、一種のギアチェンジで、ローに落としてスピードを天皇陛下のロールスロイスのような走り方にする「教室トーク」そのものなのだが、自分でもそれがスラスラできたのにはちょいとびっくり。 対話は、相手が理解することが肝心で、格好よくぺらぺらしゃべることではない。そう理屈はわかっていても、自分が外国語をしゃべるときは、そんなふうに話したい、という願いがどこかにしっかりとあって、このとしになっても消えない。しかし、その理屈と現実の乖離を埋めるには、やはり、「相手に伝える」を優先するのがあたりまえ、なのだがそれが逆にそう簡単でないこと、何百時間の練習が必要だった、というわけだ。 これによって、わが語学力は、すくなくとも伝達の可能性、という点では大いに飛躍いたした。 ま、日常会話というのはこのような優先順位より、相手のペースにあわせて演奏するジャズみたいなものだからいつもこういう具合にいく、というものではないが、しかし、時にはこのような学校唱歌をハーモニカで吹くような話し方、というのが必要だろう。おもしろい経験だったね。 短い時間だったが日本各地からきた3人の旧友と小一時間、あえて一杯やった。会場近くの偶然入った関西系の日本料理屋がなかなかよかった。来年もあそこでやれるといいな。 |