【主夫へ

 

4月1日 曜日 天気 { } 

 

 スーパー働き者だった義母の不在が段々、効いてくるなあ。日常生活の最大の柱である食事全部担当、その上、敷地内の建造物の半分を完璧に担当していた存在が突然消えてしまったのだから当然なんだが。

 これ、3分の1の戦力減、などではないことは前にも書いたが、だんだんその重みが実感となってきた(^^)

 はて、自分にできることは・・・とおもっても男なんてえのは役に立たない。いまどきの男なんてのは昔とちがって腕力、体力すらないから、そのうえサラリーマン生活ですっかり能力もサラリーマン化して退化の、せいぜいインスタント珈琲入れて、飲んだ後のコップを洗えるぐらいしかできね。こりゃ大変だ。

 というわけで、このままではのたれ死にする運命がマザマザと見えるから、この数日、昼飯担当を買ってでている。昼飯ならまあ、一皿でもすむし、このレパートリーを増やすことによって最低限1週間の昼飯メニューを担当できるようになるのが目標。

 とたんに、これまでよんでいた中国情勢やサブプライム問題なんぞの記事はどうでもよくなって、「男でもできる簡単な料理」だの「春らしいおひるごはん」なんて記事をせっせと切り抜いている。

 この数日のメニュー

   某月某日 お好み焼き

   某月某日 焼きそば

   某月某日 スパゲティ

   某月某日 やきうどん

   某月某日 タイカレー

 もちろんみな失敗はつきもの、というか、野菜も肉も麺類もみな一緒に同時にフライパンにいれて炒めて喰うという乱暴なものであった。なんせつくれるのはお好み焼きだけなんだから、みな同じだろう、とやきそばとかも同じやり方。一応自炊生活10年ぐらいやってきて、いま家にいる息子があきれてみていた。

 しかしだな、そうしてはじめて、ものによって火の通る時間が違うのだ、とわかった。さいごまで硬いものを無理矢理焼いてやわらかくしようとすると、他の材料が真っ黒になりかねん。こういうフツー人にとっては当たり前のことに、あらためて感動する。「なーるほど、だから、料理の本、というのは実に変な日本語で、最初に、これをしろ、あれをしろ、とうるさいほどいろいろ書いてあるのだなあ」と納得。寝床では中国語の漫画のかわりに丸尾叔生氏のシステム料理論などをよんでひたすら感動。「男子でもこのような傑物がいたか」とその死を悼む。

 これに付随して、皿洗いとか、鍋洗いとか、流しの掃除とかもでてくるからせっせとやる。買い物にも自分ひとりででかけていく。これは幼稚園に幼児がひとりで行けるようになるのとおなじぐらい立派なことである。

 もちろん味の方は、自分でも「??」なのであるが、カミさんは、感心にも文句をいわないでわが昼飯を一緒に食っている。まあ、ほっときゃそのうちウデもあがるだろうし、いままでなにもしなかった亭主が最低なんかやるようになっただけでも進歩だ、とおもっているらしい。ときどきは「けっこういけるわよ」とほめてくれたりする。カミさんに褒められるというのはあまりないことだから、これも感動的なのだ。

 さて、大リーグも始まったし、マリナーズのテレビ観戦もいそがしい。当面 、このわがパスタ・うどん修行をつづけよう。いずれ、理想は、たきたて米とあつあつカツブシダシみそ汁とぬ か漬け、それに納豆かタラコでも一品ついた和朝食である。しかし、なんだなあ、これって50年前の日本人のあたりまえの食生活だったんだよなあ。これは時代が進歩など実はしていない、ということではないのかい。