【バイクでサクラを

 

4月16日 曜日 天気 { } 

 

毎日、ゴミ掃除と主夫修行をやってばかりいると、そのまま、あの世にいっちまったとき後悔するかもしれないので、今日はいっちょ、決意を固め、山のサクラを見に行こう。

 今日は、なんと去年、母が施設にお世話になることになった第一日目だそうだ。ちょうど1年。まだ、そんなにしか経ってないのかなあ。もう2年ぐらいたったような気がしていたが。その前の4月の入院、その前の9月あまりの同居生活、そして、それ以前の毎週のように実家に通 っていた1年・・・だったか。そして5年前の鬱病状態・・・とこの6年ぐらいの流れからすると、まだ1年、というのが実感とずれるのもむべなるかなである。そして、義母が突然、逝去して1月目。

 バイクで山にいくのもどのくらい久しぶりかなあ。バイクだばいくだ、と狂ったようにヨロコンデいってたのは、地図をみると03年らしいや。つまり母が鬱病から回復して田舎でまた一人暮らしをはじめたころだねえ。そういえば、そのとき「おまえも、トシをとってやることがなくなると大変だよ」と言われて、中国語とバイクとややおくれて日本語の勉強をはじめたのだった。

 朝、9時出発。久しぶりのギア付きだからちゃんと安全装備をしっかりかため、カップつきのズボンに2重になったバイク用上着、靴もバイク用、背中に雨具をいれたリックを背負って出発。先月つけたばかりのETCも動くかどうか、ワクワク。あいにく天気はまるきりの青空、とはいかないが、まあ薄日がさして、わるくはない。30分ほどで高速インターへ。ここでETCが作動して踏み切りがあがったときはちょっと感動。そのあまりぼやっとして、危うく都心への方向へはいっちまうところだった。あわてて山梨方面 にいこうとして、後続車に追突されそうになって、10センチほどの中央分離帯を乗り越えて山梨方面 の入り口へ。オフ車だからこういうのは平気なのだ。とはいえ、ひやっとしたね。

 でも、おかげで危機意識がたかまって、あとは時速80kmで順調に走る。高速道路では一番遅いぐらいのスピードだが、なに200ccのわがバイクはこれ以上の速度は抵抗もエンジンのばたつきもひどいからだせるものではない。そばをバターナイフで切るようにオンロード仕様のバイクが抜いていく。わかけりゃあああいうのもいいんだろうな。

 そうおもって、談合坂のインターについたら、記念写真をおばはんに撮らせているずんぐりむっくりの色の黒いオッ産がどうみても知り合いにそっくり。バイクは、とみるとなんとピッカピカの1200ccのBMWときた。「ほんまアホまるだしのおっさんが盆栽バイクを母ちゃんにみせとるんやろか、ええトシしてなにやっとんねん。わしのしっとるアホなあのオッ産にそっくりやんけ」と見ていると、どうみても知り合いに似ている。いくらなんでも他人がこんなに似ているはずがない、とソバまでいってしげしげ見つめていると、相手もけげんなかおをしていたが、「えっ!」とたまげたような声をだしよった。わしのしっとるアホなおっさんその人であった。母ちゃんではなく、ばーさんになった彼女をつれて、彼女はビグスクで2人ツアーをたのしむ浮気ツーリングらしいのであった。 余計なことをしゃべられrたくないのだろうなあ。「これからひとつモモの花を知人の農園でみて、帰りに温泉などどうですか、いっしょにいきませんか」などと一生懸命機嫌をとりよるよ。 気の毒だから適当に調子をあわせていると、彼女は他人のような顔して赤いビグスクで先にでかけようとする。おっさん人がいいんだねー、だまってりゃあいいのに、「次のナントカインターでまっててくれ」と声を掛けてぶち壊しにしてしまった。いやはや、わるいことはできないもんだ。あはは。しかし、聞いてみると、静岡の両親が両方とも痴呆症になってしまって、毎週2回、見舞いにかえるのに5年前からバイクを買ったという。「若いころは暴走族だったので、おふくろが見ると、『おまえ、はやくおりなさい、またつかまるよ』っていうんだ」という話をきいて、なんだかからかう気にもならず、ピースサインで道中の無事を祈ってわかれる。

 こちらはつぎのインターでおりて、奥多摩の山々から大菩薩峠をみて、青梅街道をもどってちょうど6時間。これぐらいなら疲れもないね。山の上のほうや松姫峠を下った谷間の村ではサクラがいま満開だった。