コンタ

ニューヨーク旅日記

 中国へ来て3年たった。今、ボクはアメリカにいる。

なに、日本から中国にもどる 途中にアメリカに寄っただけ(^^;)。

帰りもアメリカから成田経由で上海へ戻る予定さ。

一度はニューヨークをみておかなくちゃ、と財布に無理して行くことにしたのだ。

ちょっと問題があるのは英語が話せないこと。学校の授業なんで全部ねてた。

でも、 中国にきたときも中国語はなせなかったけど、いまはなんとかなってるから、

2,3 週間のニューヨークもなんとかなる・・・だろう。


 

2000年8月某日

予定どうり予定外に僕はアンカレッジ空港にいる。 理由はエコノミークラスの乗客の心臓発作だ。 そのため目的地を急遽変更してアンカレッジに着陸した,らしい。 これで飛行機がまっすぐ目的地に着かなかったのは2度目だ。 あの離陸と着陸の音,振動,こっちが心臓発作になりそうだ。  しかし幸運にも,隣の席の関西ガールは明るくナチュラルな会話ができるため 飛行時間の緊張感はいつもより少ない。

 名前も知らない彼女に恐怖感を取り除く力があるのはなぜだろう。 信頼とか,好意とかそういったものではないはずだ。 一人でいる孤独感からの逃避であるならば,隣の叔母サンが〔アイアムジャパニーズ〕なんて練習しているところでも,隣のオジサンが枝豆を勧めてくれたものでもよいはずだ。

 記憶。彼女に対し日常というものを僕は投影していて,そのどこかノスタルジーに恐怖感を冷ましてもらってる感がある。 夜が白み始めたアンカレッジ空港を見ながら,来る予定のない所へ先に到着する不思議さを感じながらこの飛行機はもうすぐアトランタを目指して離陸します。

はじめてみたアメリカはアンカレッジ空港だった。 なんだかニューヨークもたのしみになってきた。 不思議な縁で僕と地球は回ってる。 2000年8月アンカレッジ空港に緊急着陸中にて

2000年8月某日

なんとかアトランタまで着いた。 別に俺が何をしたというわけではないが やっぱりなんとかついたと思ってしまう。 たくさんの俺の祈りが空のたびを守った・・・ 俺はそう思う。 デルタ航空のゆれ方は本棚の本がすべて落ちるような勢いだった こわかった。

アトランタに着いた最初のイミグレは関西ガールに(大丈夫,大丈夫)と 言われつづけてどきどきしながらもひとりでチャレンジした。彼女の言葉ももちろんだが後ろにいたお爺さんが一人ブツブツ練習する姿も大きかったように思う。

予定より2時間遅れてついた飛行機だったが,さすがアメリカ,すでに手はずが整っていて何も心配することはなかった。 着いてR子さんに電話をしようと人にきこうとしたが,後一歩の勇気が出ずできなかった。残念。

 それからアトランタ空港の広さは相当なもので,てっきり同じ方向かと思っていた関西ガールともここでお別 れ。最後に住所交換をした。 mさん,75年生まれ。ほんとうにありがたい出会いだった。

 一人になったアトランタ空港で時間に追われながら電話を探す。 見つかるがコインがなく悔しい思い。 空港の売店でメントスを買うことに。(95!!!!!) えっ,メントスが9・5どる? ちがった。あぶねぇ。ダマされてもおかしくない状況に背中がひやり。 コインは一枚手に入ったものの,電話機の使い方がわからず電話はできなかった。 一人で飛行機に乗ってきているだけなんだけど,何でこんなにいろいろ思うのかな。ンじゃ,また書こう。目が痛い。

2000年8月某日

ふー,やっと着いたぜニューヨーク! なかなかの長旅だった様に思える。 空港でR子さんに会ったときの安心感はこのたびの未来を明るく思わせる。 ほぼ一年ぶりの再会。 いや,正確に言うと一年も経ってない10か月ぶり。 でもその十ヶ月前に知り合ったんだよね。 その再会の場がニューヨーク。

うー,なんかかっこいい・・・ このかっこいいっていう感覚がきっと日本人を西洋崇拝にさせているんだろう。 そう,ここもただの大都市なのだ。 そこで起こるさまざまなドラマにカッコ良さを見出すべきではないのか。 まぁ,今日はこんなことぐちゃぐちゃ考えたくない。R子さんに会えた。 その喜びを素直に書き残したい。

部屋はすっきりしたフローリング。 結構かたずけてある,僕が来るからきれいにしたのか本当はきれいずきなのか 不明であるが,ここニューヨークというアメリカの心臓部に住む彼女のアジア人としてのささやかな抵抗を感じる部屋のインテリア。 これからのアメリカ旅行,きっとたくさんお世話になるだろう. まったく違う環境に育ち,生活している僕ら。 違う未来を見ている二人。 だからわかるということだってあるのかもしれない。

2000年8月某日

さっき,風呂に入って汗を流した,昨日はよく歩いたからなぁ。 そう,実はニューヨーク2日めではなく3日めの朝なのです。 昨日は疲れてそのまま風呂にも入らず寝ちゃったから,今昨日の日記を書く ことにしたのです。 昨日は8時ごろR子さんの出勤と共におきて出発! R子さんに100ドル借りていざニューヨークメトロポリタン美術館へ! 出勤途中でべーグル?〔パンかな?〕をかってもらいおいしくいただいた。 んん,朝からニューヨーク気分。

 

初めての地下鉄

R子さんの住むアストリアは地下鉄N線の終点。

移民の人が多く住むところらしく地下鉄の中は白人のほうが少なかった。地下鉄といっても クイーンズのほうは地上を走ってた。 本で読んだとうり地下鉄の落書きはなかったが,窓に必死に書こうとした後が見られてパワーを感じた。 N線の56番駅でR子さんとわかれて,僕は6号線で86番駅へ! エクスプレスだったのでたったひとつ先の駅だったが妙に緊張。 無事降りられてほっとする。

 

久しぶりに言葉のわからない緊張感を思い出し 気を引き締めることに! おっとそうだった,玲子さんにウィークリーパスをかっといてね!ってかわいく頼まれてたんだった。ここはなんとしてでも買っておかなければ!

(ワン ウィークリーパス プリーズ〕

〔ホニャララア,ホニャララ・・・〕 (!!!、し,しまった、つうじなかったか!!!)

気を引き締めて

(セブンティーン ダラーズ パス!)

ふー,今度はなんとかいけたみたい。 これが最初の闘いであった。第2ラウンドは思った以上に早く来た。それは地下鉄の駅を出てから自分が行きたい方角がわからなかったのだ。しかし旅なれた kon太は知っていた,地図を持ってうろうろしているとろくな目に会わないことを。

と,そのとき幸運にも目の前に(スターバックスコーヒーが!!!) ここは日本の渋谷や新宿だけではなく今や国分寺にもあるといわれる 禁煙コーヒーショップ!ここで作戦を考えよう,と思ったい,さらにコーヒー くらい注文できるだろうという甘い考えで列に並んでしまった。 予想以上に自分の番は早く来て頭の中では(ア カップ オブ コーヒー) という文章を何度も描きつづけていた僕はメニューを見てコーヒーの種類にびっくり!!!

そんなとき目の前にとびこんできた(ケニアの文字)

(・・・あのぉ,カップオブケニヤ プリーズ・・・)

今まで天使のように微笑んでいたレジのお姉さんが,急に毛むくじゃらの大男 に見えるこの恐怖。

(アァン?ケニヤ???)(い,イエース,ケニヤ〕

お姉さん再び〔ホニャララ、ホニャララ・・・・〕

もう僕の蚤の心臓ではどうすることもできなかった。おもらしを必死で隠そうと する子供のように真っ赤な顔でうつむき加減で,(ぃぇーす、ぃぇーす・・・) レジのお姉さんは英語がわからない僕を珍獣を見るようなさげすむような目で、 〔オッケー〕の一言。

 お姉さんから渡されたコーヒーが僕の心をそっと抱きしめてくれた気がしたのは 気のせいだった。 〔これってただのブレンドじゃん・・・) 気を取り直してテーブルの上で地図を見て美術館の方角がわかり,わずかに救われた気分の僕。 こんな所さっさと出ようと思った僕。

・・・コーヒーカップの捨て方がわかんねぇ・・・ 誰か捨てにいかないかなと周りを観察しても一向にその気配なし。 と思ったらいつのまにか後ろの席のオジサンはいないし,彼の机の上のカップもない。まちがいなく、どこかえすてたはず。 なぜ僕がごみ箱を探しに行かないかといえば,ここはアメリカ。 西洋の先進国はリサイクルにうるさいはず!という考えがあったからだ。 横でレポートを書いてる金髪少年がたちあがってかたずけるのを見逃さなかった。 ザー。 げぇ,そのまま捨ててるジャン。深読みだったようだ。

店を出て3分も歩くと,どこからか不思議な〔これは本当に不思議だった〕声がした。傍らに座る黒人のお爺さんが静かに歌っていたのだ。すごくきれいで、 高い〔超音波のような〕声で。 ここは笑顔だなと思ってお爺さんに笑顔。 通 りすぎようとする僕に後ろからだみ声を浴びせられ何でこうなるのーと 頭が混乱。

そんなことを あれこれ考えてると,目の前に巨大な建物が!!!

こ、これが由緒正しき,世界四大美術館のひとつメトロポリタン!!! 思わずつばを呑む僕。 震える足。 その横をすたすた歩く白人の少年達。 このままでは圧倒されすぎると思い一服することに。 はじめはタバコも街では吸えないのかと思ったが,吸いながら歩いてるやからもいれば、ポイ捨てするやつもいる。 一服しながら,なんか自分がよい興奮をしていることに気がつき,同時にニューヨークを好きになり始めてるのかなとも思った。

 美術館の中は思ったとうりのゴージャスな作り! チケットも(Mとかいてあるバッチだった〕すんなり買えたし,手始めにギリシャ古代文明でものぞこうかなと軽い気持ちで入ったものの 〔ゲーこれ教科書で見たことあるやつジャン,これも本で見たー〕 なんてものがごろごろしてて、いたいほど,メトロポリタンの力を感じることに。

はじめから,一つ一つ丹念に見ていこうなんて思ってなかったから さーっと、大理石の彫刻や青銅器を見ていたが,はじめに足を止めたのはアフリカ美術のギャラリーだった。 仮面や,像が並ぶその空間で,なんだか胸に込み上げてくるパワーを感じ思わず涙が出てしまった。ぽろり。 その後2階のギャラリーでゴッホやロートレック,ピカソ,ロダン、モネ,ドガといった名だたる画家達の作品を間直に見ることになった。

涙が出るというよりはパワーで圧倒されて,いかんいかんと思い一度外に出て休憩。アジア美術や,チベット,インドでもなんだかジーンと来てしまったが、 それは疲れて目がジーンとなっただけだった。これはウソで,本当にすばらしくて暖かくてぐっと来るものばかりだった。 これがメトロポリタンか・・・ スゴイ,スゴイ,スゴイ大味。でもやっぱりすごい。

 美術館に入ったのが9時のオープンと同時だったから4時間丸まる中にいたことになる。 途中疲れて2度出ていったが,その途中で買った水が4ドルでダマされたことに後で気づく。 でもひとつ覚えた。(ザッツ,トゥー エクスペンシヴ!) 以後気をつけよう。

 

 それから5AVEをひたすら南下することになる。4時から五時がR子さんとの約束時間。ここから大体8キロくらい。 歩いて歩いて歩いた。 途中ホットドックを食べたが今度はダマされなかった。〔向こうはだまそうとした〕 結構食えた,NYが食い物まずいというのはウソだ。高いのは本当。まずいのもあるら良いけど、それはどこもそうだろう。

 

5Aveはすごいところだった。セントラルパーク沿いの道は美しい が,そこから先はコンクリートジャングルで,きらびやかな店,ブランド店でいっぱいでひとはそれに輪をかけていっぱいいた。 途中便所に行きたくなったが,NY市立図書館で用を足しR子さんに生存報告の電話もした。そのとき,電話を並んでる僕に白人の学生らしきひとが (アーユーライン?〕 頷いたらわかってくれた。なんか結構英語わかるジャン,俺。 朝とは大違いの気分でまたまた歩く。

着いたのは4時前だったからR子さんはまだ仕事をしてた。 ここがスタジオカー,と感心しながらちょっと得した気分の僕。 途中仕事の邪魔になると思ったので外を探検。 煙草を買ったり水を本来の値段で買うことに成功。 タバコはマルボロウルトラライトだった。初めて吸った。

歩いていると結構画廊が多いなあなんて思ってたら後からきいたら,そこがソーホーの入り口だった。ブロードウェイも同じ失敗をしてしまった。 やっぱり,ここがブロードウェイかーって感動したい僕。 仕事が終わったことを知らせてくれたのはR子さんのたった一人の同僚sさんだった。先ほど仕事場であい,ブロードウェイ探検中にもう一度会った。 そのときに,もう終わるよって教えてくれたのだった。

 その後雨の中R子さんとリトルイタリーで一杯。僕はブラッディマリーで,R子さんは乳白色の不思議なお酒を飲んでいた。地中海のお酒だと紹介してくれた。 そこで,僕は今日あったニューヨークの出来事を話し,R子さんは一つ一つに 大げさといって良いほど反応してくれた。

夕食はR子さんのお勧めのマレーシア料理だった。中国語が通じるのが幸いだった。味もいけるし,中華の懐かしい感じ僕を気分よく酔わせてくれた。 その後,まっすぐ帰るかと思いきや,イーストビレッジ〔危険な場所らしい〕 やABCタウンなど,いろいろ紹介してくれて,R子さんの心配りに感謝。 さっきR子さんも起きて,今日もまたニューヨーク探検に行ってきます。

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