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2000年8月某日 昨日も疲れすぎて日記が書けなかった,さらに昼ごろ出てったため,今はもう3日目の夕方6時半。まず昨日の日記から書こうと思う。朝〔昼近く〕R子さんと一緒に出発。今日はホイットニー美術館に行く予定。乗り換えももうらくらくできます。地下鉄に対する恐怖はなく今では好きな時間です。77駅で降りたのはよいけれど,またまた方向がわからず3分考えた。すぐわかったけどね。
その後てくてく歩いて,MOMA美術館へ!会場の中は非常にわかりにくく複雑,混雑を極めていたがマティスの名作(ダンス)や現代絵画の名作たちに感動する。ジャコメッティがよかったなぁ。その隣の付属の本屋サンで,またまたバルティスの素描集や,モランディの画集に感動。ゼッタイ買わなきゃ。今は荷物になるのでやめとくことにする。その後,やることもないのでてくてく歩いて耀司山本の店を見に行こうとする途中たくさんの本屋サンや,洋服やさんを見て回る。目的のお店は例の高級感バリアーにより吹き飛ばされる。その近くのアニエスbというお店でなんとなく入ったにもかかわらず,買い物をしてしまう。驚き。 その後R子さんと待ち合わせていたスプリングストリートとラファイエッタの北東の角で出会う。R子さんと彼氏のゲバラさんで自転車に乗っての登場!ゲバラさんは気さくな人だ,顔ににじみ出てるし,英語のわからない俺にさりげなく話しかけてくれる。わかる程度のないようを。感謝。その後,R子さんと一緒に住んでいるイーサン,友人のジェフリーを加えてなぜか寿司屋に行く。寿司屋の概念を壊されるような店だった。まず,寿司はカウンターでも回転でもなくパック詰めオンリー。そして,店の従業員はすべて中国人。なぜかそばまで売っているあぁ,ここはなんなんだろう。不思議がる僕。幸せそうなみんなの笑顔。飯を食ったら次はパフォーマンスを見に行くことに。R子さんの話しだと夏は無料の公演が多いらしい。行ったところは古めかしい教会。中で3人の男のひとがクラリネットやバスで演奏をしていた。なぜか頭に帽子をかぶってる人が多かった。そこで少々うとうと・・・今日もよく歩いたからなあ。帰りに,ストロベリーマルガリータを一杯のみ帰宅。ハードな一日だった。夜,家とA子に電話をかけた。みな元気そうだったし,俺の体調を気遣ってくれた。ありがとう。元気でやってます。_________________________________________________________
朝は疲れがたまってたからなのか,おきるのが11時ごろだった。R子さんはすでに出社してたし,どうして良いのかわからなかったのでとりあえずシャワーを浴びた。その後A子と家に電話した。ビデををどうやって運ぶかきいてみたし行ってらっしゃいとも行った。今日彼らは中国に行く。初めての留学だ。がんばれ。その後,俺は腹が減ったのでマックに行き,なぞのセットを食うことにした。結構高いなぁ。6ドルくらいだったかな。うわさどうりの大きさで,思わず写 真撮った。
ストレス+10船着場はまたまた長蛇の列。客は結構行きと同じ面子だからみな退屈を感じたのだろう。船はまたまた20分は来なかった。村上龍の本を退屈凌ぎに読んだ。この人はニューヨークへ一年に2,3度来るらしいが一回はここへ来たのだろうか。来たことがあるのなら感想は同じだろ 誰もまだ家には帰ってなかったので、一人日記を書くことに。昨日の文を書いてる途中R子さんが帰ってきて,今日はご飯を作ってくれるとの事。ありがたい。食事はゲバラさんとR子さんと僕で,2人は楽しそうにけらけら(^^;)ながら作ってた。僕はそんな二人を見ながらほほえましい気分になった。なんだかずいぶん長い間付き合ってそうだが実はそうでもない。不思議なものだ。食事は,赤かぶサラダ,鶏肉の蒸したもの,野菜をミキサーにかけたスープ,などなど豪勢に,しかも大量 に作った。R子さんらしい。 食事の後でジャズを聞きに行くことになってたので車で行くことに。途中R子さんのお兄さん,Y介さんを加えて五人でジャズバーへ。店はハーレムの中に在り,こんな所一人じゃ来れないなとおもい,R子さんに感謝した。車中,玄さんはよく話してた。大きなからだに大きな声がよく似合っていた。大井さんは対照的に,小柄で無口な人だった。 ジャズバーの中は日本人観光客のツアーで一杯に埋まっていたが,運良く一番前のすばらしい席を確保できた。初めての生演奏ジャズ。彼らの熱い演奏と表情にこちらも思わず力が入る。バーの常連さんもちらほらいて演奏者と同じように笑顔が素敵だった。なんだか生のニューヨークを感じた。熱い演奏に聞入ってしまい〔音量 のせいもあるが〕はじめはみな会話はなかった。が,はじめの一杯目のブラッディマリーを飲み終えるころ,演奏も終わり日本人客も,われわれを除いてすべて帰った。なんだか優越感に似た得した気がした。 もちろんすべてY兄妹のおかげです。Gさんはとてもおおらかな人だったし,Oさんはこれからパーソンズでグラフィックをやるんだって気合が入っていた。まだニューヨーク生活8か月らしいが,フランスのに10年,ベルギーに2年といて海外生活はおろか語学もなかなからしい。英語はただいま特訓中らしいがかなり話せるように見えた。いいな。再びジャズが始まり,今度は3人セッションではなく,入れ替わりで総勢8人もいた。最後の8人同時のセッションは圧巻だった。なんだか熱いものを感じた夜だった。自由の女神よりよっぽど魅力を感じたニューヨーク。これぞまさにニューヨーク!最高に楽しい夜だった 2000年8月某日 今日は8月26日ニューヨーク4日目だ。 ところが昼過ぎに起きていまいち何もする気になれず本を読んだり,ゴロゴロしてばかり。R子さん達もお昼前にようやく起きてブランチをお庭でとることに。なんとなく写 真を撮ったりしてみた。彼らの読んでる新聞にシーマンが出ててなんだか変な気分だった。その後コインランドリーへ洗濯をしに行く。不思議なシステムに驚き!ただコインを入れるところが変わってただけなんだけどさぁ。そこで見た3歳くらいのインド人の子がかわいかったなぁ。 それからR子さん達と自転車でサイクリングに行こうと誘われたのだけどちょうどそのとき本棚から面 白い版画の本を見つけてしまったためやめておいた。でもR子さんに食器のかたずけと包丁を研ぐことを頼まれてたためそっちを優先させた。包丁研ぎは初めてだったが(彫刻トウはよくやるけどさぁ)がんばってみた。翌朝,R子さんにはもうちょっとといわれここの大家さんには,あらま,包丁よく切れるじゃない!っていわれた。まいっか。大家さんが出てきたついでに、大家さんは実はパーソンズのシルクスクリーンの講師なんだ。だから本棚にいっぱい版画の本があるんだ。なんか不思議なめぐり合わせでしょう?しかし,シルクは苦手である。9月5日からうまく行けば彼女の講師が聞けるかもしれんかも・・・・話は戻ってその後ちょっとうとうと寝てしまい7時50分になってたやバイ,待ち合わせのインド人街まで45分くらいかかるのに・・・ 約束の時間に10分遅れて到着。うまく彼等に会えて3人でインド料理を食べに!カレーやら,なぞのインド料理〔ジャガイモを餃子の皮に包んだようなモノ〕やらいろいろ出てきておいしかった。マンゴーラッシ−はとてもおいしかった。帰ったら確実にA子に自慢するべし。R子さんが香辛料は安いからいっぱい買っていきなさいって勧めてくれた。もちろんそのつもり。黒いカルダモンってどんなのなんだろう・・・そこのお店は夜遅すぎてしまってたけど,帰る前に確実に行っておきたいお店である。自転車組とコン太は地下鉄で帰ったのだが,家にはR子組が先についた。なぜ・・・・・ 2000年8月某日 今日はどうやら五日目らしい。今日もお昼ごろもぞもぞ起きた。部屋では今、永井路子さんの(歴史をさわがせた女たち)を読んでいる。けっこ 画集〔仮面集〕は今日もチェックだけにしておいた。帰る前に必ず買おうと思う。美術館を出るとなんだかA子の好きそうな店があった。ヨウするに特殊メイクというかカミングアウト系というかそういうのなんだけど,話しのネタに一応見学。入ってみると,実は特殊メイクとパーティグッズを主に扱ってる店だった。仕方ない,かわいいA子のために買ってやるか〔というかじつは興味あるものばっかだったんだ!エヘぇ〕A子にお土産GET!他にもあれば買ってやろう,来学期お金足りなかったら養ってもらおう,あれ?アストリアの駅を下りたマックで飯を食う。ビッグマックより高いビッグエクストラっていうののセットにした。これももちろん話しのネタに・・・ただトマトが挟まってるだけにおもうのはわたしだけ・・・? そうそう,その運ぶとき,こぼしちゃったんだ。シット!ってかんじー。でもおじさんが(こことここをこういう風にもつんだ!わかったか!〕って怒りながらももう一回くれた。有り難い。その後家に着いて,溝口健二の〔雨月物語〕を見た。なんでかしらんが・・・ そう言えば昨日の帰りの電車で(FUCK・・・・・)と言われた。僕も悪いんだけど,満員電車に黒人さん〔言った張本人〕が僕のひざより小さな子供を両手につないでて僕が押されてその人にぶつかったら,そう言われたんだ。でも怒るというより,その子を守ってるっていう気がして何もいえなかった。もともとここでは何もいえないんだけどさぁ。しかしその人身長は170くらいなんだけどドレッドで筋肉隆りゅうで刺青でなんだかたくましい人だったなぁ。それだけ。 |